人の数だけタゴール・ソング:佐々木美佳さんインタビュー

ベンガル詩人ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)をご存知ですか。アジア人で初めてノーベル文学賞を受賞した詩人です。タゴールの歌は、100年以上経つ現在も、インド、バングラデシュの人々に愛され続けています。本学在学中にベンガル文学に魅了され、タゴール・ソングに出会った佐々木美佳さん(2018年3月、言語文化学部ヒンディー語卒業)。なぜタゴール・ソングがこれほど人々に愛され続けるのか、インドやバングラデシュを旅しながら掘り起こしたドキュメンタリー映画が、佐々木さんの初監督作品として、4月18日より「ポレポレ東中野」より公開される予定でしたが、コロナウイルスの情勢を鑑み、「仮設の映画館」でのオンライン配信の試みがスタートしています(映画館は6月上旬頃から再開予定です)。
インタビュアーは、大学院博士後期課程世界言語社会専攻1年生の新谷和輝さんが担当しました。(インタビューは2020年2月に実施しました)

左:新谷和輝さん 右:佐々木美佳さん

東京外国語大学での学び、タゴールとの出会い

新谷さん まずは東京外大生ほぼ全員が聞かれる質問から。なぜヒンディー語を選んだのでしょうか。タゴールに興味があったんですか?

佐々木さん タゴールのことは全く知りませんでした。強いて言えば、インドに行ってみたかったということでしょうか。

新谷さん それはどうしてですか?

佐々木さん 私の実家は福井県なんですが、毎年お墓参りでお寺に行ったり、法事でお寺さんが来たりして、幼い頃からお説法を聞くような日常がありました。高校生の時に授業で仏教がインドから来たということを習い、自分の身近な世界が実は遠いところから来ているんだということが何となく面白くて、実際に自分でその国に行って感じてみたいと思うようになりました。そこで、ヒンディー語やインドの言葉に興味を持ち、東京外大を目指すことにしました。

新谷さん タゴールやインド文学に興味を持ち始めたのはいつ頃ですか?

佐々木さん 地域基礎の授業で、インドや南アジアの地域の歴史を勉強していく中で、アジアで初めてノーベル文学賞を受賞した人がいて、「ラビンドラナート・タゴール」という詩人だと教えてもらいました。高校生の時も何となく名前だけ教えてもらって記憶はありましたが、あらためてタゴールという人がいるんだというのを知りました。その頃、初めてのインド旅行でデリーを訪れたのですが、あまりしっくりこなかったんです。そこでインドの中の横の地域を見渡したときに、タゴールがいたベンガル地方が目にとまりました。東京外大ではいろんな言語を選択できるじゃないですか。ベンガル語の授業も選択できたので、ヒンディー語の基礎が身についてきたところでベンガル語をやってみることにしました。そこで少しずつタゴールの詩に触れ始めて、さらに興味が深まっていきました。

新谷さん ベンガル語を勉強し、だんだんとタゴールの原文を読めるようになったということですね。

佐々木さん 授業の中で、文字から初め一通り文法が終わった頃から、タゴール・ソングの専門家でもある講師の奥田由香先生が、授業の中でタゴールの詩を一節ずつ教えてくださるようになりました。みんなで朗読しながら、先生がタゴールの歌を聴かせてくださいました。初めてタゴールのベンガル語で書かれた詩に触れた瞬間。ベンガル語の響きがすごく好きになって、もっと勉強してみたいなと思いました。

新谷さん その感覚はすごく分かります。僕がスペイン語を専攻しようと思ったのは、高校1年生のときに『ミツバチのささやき』という映画を地元の映画館で見たのがきっかけでした。そのときは爆睡してしまったのですが、どこか気になるものがあって、同じ監督の『エル・スール』を見てみたらビビっときたんです。ぱっとは意味がわからないけど、放っておいたらダメな感覚を覚えました。タゴールの歌もそういう感覚なのかもしれないですね。

佐々木さん 教えてもらった詩は本当に抽象的な詩だったんですけど、その意味を理解してみたいと思わせるような何かがありました。忘れられない感じ、そこに近づきたいと思う感じがありましたね。

映画を作る

新谷さん そこで映画を撮っちゃうってすごいですよね。どうして映画を撮ろうと思ったのですか。

フマイラ・ビルキス監督と

佐々木さん 授業で教えてもらいながら、タゴール・ソングを理解したいという思いがあったのですが、歌を聴いて翻訳したり、既に翻訳されているものを読んで歌ってみたり、いろいろとやったのですが、どれをやっていても分かりにくくて。良さも分からないというもどかしさがありました。そのような時に、ボランティアで山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加し、バングラデシュから来日したフマイラ・ビルキスさんという監督のアテンドをすることになりました。その時に、彼女に、私がタゴール・ソングを勉強していることを話したら、とても関心を持ってくれました。やはりバングラデシュの人にとってとても大事な文化なのですね。彼女との関係性の距離がぐっと縮まりました。こんな曲があるんだよとか、この曲はこの映画に使われているんだよとか、この歌の意味はこういうことだよというのを、映画祭の期間中に拙いベンガル語で彼女とお話ししました。歌のことを教えてもらい、歌そのものも面白いと思いましたし、その人にとってのタゴール・ソングというものを聞いていく中で、すごくしっくり来る感覚がありました。その後に国際バングラデッシュ学会が本学で開催され、偶然、その監督の友人のダッカ大学の教授をアテンドすることになりました。アテンドを感謝され、バングラデシュにぜひ来てくださいと誘われました。ダッカ大学にいたいだけいていいよと。ダッカのテロ事件があった後でしたし、知らない人の家に行くのは少し不安でしたが、行ってみることにしました。ダッカの中で学生と交流する機会がたくさんありましたが、友達という関係性の中でも、私の好きなタゴール・ソングはこれだよとか、私はこういう気持ちのときにこの歌を聞くとすごいリフレッシュするんだよとか、日常会話のベースにもタゴール・ソングというものがあるんだということを知りました。そして、翻訳されたタゴール・ソングそのものよりも、ベンガル人にとっての、今生きている人たちにとっての歌の存在そのものが魅力的なんじゃないのかなと思いました。でも、その感覚をどう表現したらよいか。

ダッカ大学滞在中

新谷さん 確かに文字で書くのは大変ですね。

佐々木さん そこで、書けないから、映画を作りたいなと思いました。

新谷さん 一見大胆な発想にも思えるけど、授業で映画の一幕を紹介するなど映画を通じて外の文化を知るということは、東京外大ではよくやっていることですよね。映画を撮りたいと思うのはそんなに突飛なものではなかったのかな。はじめて映画を撮りたいと思ってインドまで撮りに行ってしまう行動力がすごいです。日本の自主映画でもあまりないじゃないですか。

佐々木さん 山形国際ドキュメンタリー映画祭のボランティアを通じて、いろんな良い出会いがありました。もちろんフマイラ監督との出会いもそうですが、映画に関わる人たちが映画祭にたくさん集まります。学生ボランティア、スタッフ、監督など、映画祭ではさまざまな立場の人たちと交流できる場がありました。その中で出会った人とは、その映画祭が終わった後もイベントの手伝いなどを通じて関係が続き、ノンデライコの大澤さんにつながって、自分が研究していること、考えていることを話す機会がありました。大澤さんに映画を作ってみないかと言われ、やってみたいなって思ったのがきっかけです。

新谷さん 撮影に行ったのは、在学中の2017年ですね。

佐々木さん はい、その1年の中で4回に分けて行きました。大変でしたね。初監督ということもあって、現場で何をしていいか分からない。監督としてどう振る舞っていいのか分からない。勉強しながら撮っていくしかないので、それは結構しんどかったですね。例えば目の前の人に向かって、あなたの人生どうですかという質問を普通にしなきゃいけない仕事なので、毎回取材する中で責任を感じるというか、聞いていいのかな、どうなのかなとか、結構迷いがありました。

新谷さん そういうのも佐々木さんが自分でインタビューする人を決めて、自分で交渉もするんですか。

佐々木さん 自分で交渉しました。アポイントメントを取るところから始まって、お願いして、会って、聞いてということをずっと繰り返していきました。映画に出ている人以外にもたくさん会っていて、本当に道端ですれ違った人だとか、公園でたむろしていた人たち、大学の先生に紹介していただいた歌手の方、そこからまた偶然に教えてもらった人、、、いろんな出会いがあり、この形になりました。

『タゴール・ソングス』撮影チームと

人の数だけタゴール・ソング

新谷さん パンフレットや劇中だと「タゴール・ソング」ですけど、この映画のタイトルは「タゴール・ソングス」と複数形にしていますね。これはどんな意図があるのでしょうか。

佐々木さん お母さんから教えてもらったタゴール・ソングとか、あのときに聞いたタゴール・ソングとか、それぞれの中に歌というものが生きていて、個人の中でそれぞれの歌があり、人の数だけタゴール・ソングのあり方というものがあると思い、その様子を描いたと映画、いう意味で『タゴール・ソングス』と複数にしました。

撮影現地で地元のおばあさんと

新谷さん 映画の中で登場する歌、言葉もいいですよね。「私の前を歩かないで、私の後ろをついてこないで・・・」正確に言えますか?

佐々木さん 「私はチットランゴダ、王の娘、神でもないし、さげすまれるただの女でもない。もし私のことを知りたいんだったら、私と一緒に共に歩んでください。私はチットランゴダ、王の娘」。

新谷さん いい具合に空白があるというか、大事な部分は歌っている人それぞれが想像できるところがいいなと思いました。

佐々木さん その点が、タゴール・ソングの特徴でもあると思っています。具体的なことをぎゅっと書くんではなくて、ある程度抽象度を上げて、誰にとっても引っ掛かりがあるように歌を作っている節があります。そのためか、100年後の今でもなぜか口ずさまれています。

新谷さん この映画を観て、映画の持つ可能性について改めて考えました。最近はカメラの暴力性について意識せざるをえないことがよくあったのですが、カメラには映画にはこういうこともできるんだというのを見せてもらいました。映像を使ってさまざまなことを知り、文化に触れるということは、もう少し身近なことになっていいのかもしれないですね。

佐々木さん 私のように書いているだけではちょっと理解が追いつかない、かといって、ただ行くだけというのも違うな、とモヤモヤしている方もいると思います。何をしたらいいか分からない方がいたら、映画祭のボランティアに参加してみたり、学生のうちに羽を伸ばしてむちゃをしてみると、いろんな人と出会い、突然ふっと湧いて出てくるような、びっくりする出会いもきっとあるだろうと思います。いろいろと経験してもらいたいなと思います。

新谷さん 異文化理解とか、多様性と言うのは簡単だけど、机上では語れないですよね。

佐々木さん そうなんです。まず出会って、そこで戸惑ったり衝撃を受けたりして、じゃあ自分がどう行動するか、それを相手にどう伝えるかということの繰り返しで誰かを理解する。理解の先の行動って生まれないと思います。

新谷さん 『タゴール・ソングス』は、タゴール・ソングという大きな伝統、文化を、ベンガルの人々と映画のチームとみんなで協同して解きほぐしていくのがよかったです。歌を思い浮かべると、この映画の中で歌っていた人のことがまず浮びます。それは映像と音声で表現する、映画だからこそできることだと思いました。本日は、ありがとうございました。

佐々木さん ありがとうございました。東京外大生の皆さん、ぜひご覧ください!

仮設の映画館×映画『タゴール・ソングス』公式サイト
http://tagore-songs.com/temporary-cinema.html

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