「ナイルの土地に刻まれた歴史を調査する」熊倉和歌子助教インタビュー

中世エジプトのナイル川流域の灌漑や土地制度を研究するアジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の熊倉和歌子(くまくらわかこ)助教。昨年度に地域研究コンソーシアム賞登竜賞を、そして今年度は地中海学会へレンド賞を、次々と受賞しています。熊倉先生の研究室にお邪魔して、最近取り組んでいる研究や幼少期・学生時代の経験について伺いました。

インタビュー・取材担当:国際社会学部 中東地域/アラビア語3年・井口利奈(いのくちりな)さん(広報マネジメント・オフィス学生取材班)

インタビューの様子。 左:井口さん 右:熊倉先生

地中海学会ヘレンド賞の受賞と現在の研究

——先生の研究が地中海学会ヘレンド賞を受賞されたとうかがいました。おめでとうございます。ヘレンド賞とはどのような賞で、研究のどのような点が特に評価されたのでしょうか。

本賞は、地中海の文化研究に関する優れた著作に与えられる賞です。著書『中世エジプトの土地制度とナイル灌漑』(東京大学出版会)に対していただきました。どういう点が評価されたかについて、まずはフィールドワークから歴史的な知見を得た点だと思います。歴史家というのは、史料に残された情報に基づいて、当時の状況を復元していくのが仕事です。ですので、どんなに知りたいことでも、史料から情報が得られなければ、研究が行き詰まってしまいます。著書の中では、15世紀エジプトのナイルの灌漑について扱いましたが、研究を始めた段階では、従来使われてきた史料では当時の灌漑がどのようなものであったかを詳しく知ることができず、悩んでいました。そんなある日、4000年以上前に建てられたピラミッドが残っている国なのだから、たかだか500年前の遺跡が残っていないわけがない!と思い立って、灌漑遺構の調査で農村地帯をまわり始めてみたんですね。その結果、なんと、15世紀にさかのぼることのできる灌漑遺構を見つけることができました。その経験からわかったことは、中世の灌漑遺構の多くは、使われ方は違っていても、人々の生活の中に埋め込まれて残っていることです。例えば、何気ない農道をよく観察してみると、それは、ナイルの洪水の際に氾濫する水を貯水するために設置された堰でした。フィールドワークで得られた情報は、当時の灌漑の仕組みや維持管理の仕方についての理解を助けました。そうすると、史料上の意味不明だった語彙や文章も、読めるようになっていきました。

また、GIS(地理情報システム)を使って、歴史的なデータを地図上にプロットして地理的な分布を可視化した点も、今までの歴史研究ではあまり見られなかった試みでした。テキストベースでは分からなかったことが、可視化によって発見されることを提示できたことも、拙著が評価された点ではないかと思います。

——時代の潮流に合わせた点が評価されたということですね。

そうですね。今はとにかく可視化することが一種のトレンドですよね。GISをはじめ、簡単に使える可視化ツールが登場して、読んで思考する時代から見て認識する時代になりましたね。

——現在はどのような研究に取り組まれているのでしょうか。

今、複数のプロジェクトに関わっていますが、そのうちの一つとして、アラビア語で書かれた人名録をデジタル分析しようとしています。イスラーム圏においては、歴史的に、人名録・伝記が数多く編纂されてきました。このプロジェクトでは、テキストの中から、人名録に収録されたエリートたちのキャリアパスに関する情報を抽出して、婚姻関係や師弟関係を可視化分析する方法を模索しています。

師弟関係のネットワーク図。xml/TEIにより情報を抽出・可視化したもの。

 

——テキスト分析とはどのような分析手法でしょうか。

テキスト分析には、さまざまな方法がありますが、私が取り組んでいるのは、xml/TEIを用いた分析です。コンピューターの記述言語であるxmlをベースにして、人文学研究に即したTEI(Text Encoding Initiative)と呼ばれるタグ付けのガイドラインに従い、テキストにタグをつけていきます。例えば「マネージメント・オフィス」という言葉だけだと、コンピューターはこの文字は読めても、この文字の意味までは分かりません。そこで、この語が出てきたときに、<orgName>マネージメント・オフィス</orgName>というようにタグをつけると、コンピューターは「マネージメント・オフィス」っていうのは組織の名前なんだと認識することができ、組織の名称を抽出せよというコマンドに対して、こたえを返すことができるようになります。この仕組みを、史料にも適用します。具体的には、人名が出てきたときに、その人が何家の人物で、何家の誰と結婚しているかについての情報をタグとしてつけていきます。そうすると、人名録に収録されている人々の婚姻関係や、家同士の結びつきに関する分析が可能となります。現在扱っている人名録に登録されているのは1万2千人くらいですので、立派なビッグデータです。それを可視化すると、研究者の思い違いや、新たな発見が見えてくるのではないかと期待しています。

フィールドワークことはじめ

——研究との出会いを伺う前に、子供の頃のお話をお伺いできたらと思います。どのような幼少期だったり、学生時代だったりを過ごされていたのですか。

私が研究してきたテーマは、村落の土地や灌漑についてですが、そうしたテーマに引き寄せられていったのは、潜在的に村社会に関心を持っていたためかもしれません。小学3年生のときに、東京のベッドタウンとして高度経済成長期に宅地化された地域から歩いて30分以内のところにある地域に引っ越しました。そこは、古くからの集落で、新四国相馬八十八カ所なる霊場が近所にいくつも置かれているようなところでした。そこに住んでいる人の多くは農業を生業とし、宅地開発の際に農地を売って財をなした家も多く、立派な門構えのお屋敷が並んでいます。住み始めてまず衝撃を受けたのは、方言でした。じっちゃん、ばっちゃんの言うことはほとんど聞き取れませんでしたね。

もう一つ刺激的だったのは、風習です。これは最近母から聞いた話ですが、引っ越してから間もない内に、隣家の家長が亡くなったので、母がお葬式に向かったところ、近所の男衆がわっと出てきて、「こっからは通せねえ。男性の葬式に女が来るなんて、愛人かと思われる」と通せんぼされたのだそうです。穢れの考えが生きていたのですね。

自然の中で思う存分身体を動かした思い出も、人と自然環境との関係性を考えることにつながっていると思います。とにかく、トトロの森みたいなところだったので!引っ越してからしばらくして、近所に住む同学年の女の子と仲良くなって、村中を毎日自転車で走りまわり、村の道は獣道からすべて教えてもらいました。あれがフィールドワークことはじめでしたね。放課後の楽しみは畑の土を掘って秘密基地をつくることでした。掘るという作業が楽しくて、ひたすら掘っていましたね(笑)。
こんな感じで村落社会に入っていき、そこで未知の体験をたくさんしたことが、村落社会に対する興味を持つきっかけになったと思います。

——すごく活動的な幼少期を過ごされていたんですね。

実は、引っ越す前までは、内気で、ほとんどしゃべらない子だったのですが、田舎での充実した毎日が変化をもたらしてくれたのかなと思います。仲の良い友達ができて、楽しいことも見つけて、活発になりましたし、いろいろ動いて観察したりして、発見することの楽しさを知りましたね。

中世エジプトへの関心

——現在の研究分野のエジプトやアラブに興味を持ったきっかけはどのようなことからなのでしょうか。

高校3年になる前の春、初めてエジプトを訪れた時

エジプトといえばピラミッド、ピラミッドといえばロマンじゃないですか(笑)。ミステリアスだから、もともと興味があったのですが、直接的なきっかけは、エジプト旅行です。高校3年になる前の春に、突如として母に、「ちょっとエジプト行くからあんたもついてきなさい」と言われて、連れていかれました。私は部活動の練習を休みたくなかったので、嫌々だったのですが、最初の訪問地アスワンで、飛行機を降りた瞬間に飛び込んできた大きな太陽、それに照らされて鮮明な色彩を放つ木々や花々を見てまず驚き、道中、自分が接したことのない文化的背景を持ち、聞いたことのない言語を話す人たちに出会うことで、この国やこの国の人々のことを勉強したいと思いました。

——なぜそこから特に中世に興味を持ったのですか。

そもそもピラミッドから入ったので、漠然と、考古学などの歴史に関することがやりたいと思っていました。当時というのは、インターネットもなかったので、自分が得られるだけの本とテレビだけが頼りでした。田舎でしたので立派な本屋もありませんし、とにかく情報量が少なかった。とある大学を受験した際の面接試験で、「大学に入って何を勉強したいんですか?」と聞かれ、「古代エジプトについて勉強したいです」と胸をはって答えたら、面接官の先生に「うちは古代エジプトをやっている先生は誰もいないけども…」と言われて頭が真っ白になってしまいました(笑)。そのくらい何も知らなかったのです。

その後、お茶の水女子大学に入学して、そこで出会ったのが、恩師である三浦徹先生でした。入学直後に、先生が担当されていた「東洋史概説」の初回の授業に出席して、授業後に先生をつかまえてうったえました、「私エジプトのことを勉強したいです!」「アラビア語やりたいです!」って(笑)。三浦先生との出会いが中世の歴史を勉強することになったきっかけです。

——大学でアラビア語も勉強されたんですよね。

そうですね。当時のお茶大では、隔年でアラビア語の授業があったので、赤本と呼ばれている古い教科書をベースにして、「殺す」とか、「殴る」という言葉で活用形を学びました。なぜか活用形の例文が「彼があなたを殺す」ばかりでした。そのときは、「何故⁉︎」と思わずにはいられませんでしたが、後になって年代記を読む時にとても役立ちました。

それと…実は、アラビア語を勉強しはじめたのは高校生の時です。エジプトに行った時に、土産物屋でアルバイトをしていたアインシャムス大学の学生に声をかけられて、英語で文通することになったのですね。手紙の中で、現地の人とアラビア語で話したいと伝えると、アラビア文字とその発音を書いて送ってくれました。そのようにして、アラビア語学習教材が束でエジプトから届くようになったのですが、だんだん文字情報だけでは物足りなくなったので、こちらからテープレコーダーを送り、アラビア語の発音を吹き込んでもらったテープを送ってもらうようにしました。私が大学に入ってからは、向こうも兵役についたので、文通は途絶えてしまいました。いつも大学の私書箱を宛先にしていたので、今さら感謝の気持ちを伝えようにも、連絡先がまったくわかりません。これが最初のアラビア語学習の思い出です。

——私も今アラビア語を勉強しているのですが、何か学習のコツなどあれば教えていただきたいです。

それは私も知りたいですよ。やっぱり読む能力だったらひたすら「読む」だし、書く能力だったらひたすら「書く」ですね。あと「書く」は「読む」につながります。写本を読んでいると、崩し字が出てきて全然読めなかったのですが、エジプトでアラビア語書道の先生に書道を習って、自分で書けるようになると、崩し字も読めるようになりました。

話す能力はやっぱり話さないとダメですね。この前アラビア語で発表する機会があって、久しぶりにアラビア語を話そうとしたのですが、呂律が回らないんです。普段喋らないから、口がその形にならないし、動かないのですね。今ではオンラインですぐ現地とつながるので、オンラインのコミュニケーション・ツールをどんどん活用するといいと思いますね。

コロナ禍だからできること

——今はコロナ禍でフィールドワークなどもできないと思うのですが、その中で楽しんでいることはありますか。

私は今の状況もすごく楽しいですね。フィールドワークに行けないのは残念ですけど、Zoomなどを使ってオンラインで話すということが全世界レベルで日常化し、コロナ前よりもネットワークは広がりました。カイロにいる人とZoomで話すことができたり、FacebookのMessenger機能でファイルのやり取りをしたりと、オンラインで学術的な情報をやり取りすることが日常的になりました。フィジカルには現地に行けないけど、デジタルでは現地に行ける。そこは割り切って今できることを見つければいいのかなと思います。

——国際会議なども今はオンラインなのですか。

全部オンラインですね。時差はつらいですけれど、時差を乗り越えれば参加できます。私は今、3歳になる子どもを育てている最中ですので、現地に行くとなるとすごく大変です。過去には、子供が熱を出して国際会議をキャンセルしたこともありました。オンラインであれば、大抵は出席できますし、子どもが大声で叫んでいてもミュートにしていれば出席できます。子育て世代や介護をしている人など、なかなか現地に行けない人にとっては、なかなかいいシステムだと思っています。

——エジプト関係の資料が見られるオンラインデータベースを構築されていると伺いました。

コロナ禍でフィールドに出かけられないので、デジタルリソースの整備に取り組んでいます。「カラウーンVRプロジェクト」と、「カイロのイスラーム建築データベース」のプロジェクトです。カラウーンVRプロジェクトは、Googleマップのストリートビューのように遺跡の中を見学できるようになっているもので、インフォメーションマークをクリックすると建築史の深見奈緒子先生による解説も表示されます。マドラサ(学院)や病院など、行きたい場所を見ることができますが、廟の中は壮観です。是非、ご覧になってください。イスラーム建築データベースプロジェクトは、カイロの歴史的建築物に関するデータベースを制作しています。リーダーの深見先生が、ご自身で撮られた写真を次世代の研究者に再利用してもらいたいので何かできないか、ということで立ち上げたプロジェクトで、発展を続けています。自分も、子どもが生まれてからは、これまでに蓄積されてきた情報を次の世代に繋いでいかなくては…と思うようになりましたが、パンデミックにより、その思いは一層強くなりました。

AA研が拠点となって実施している共同利用・共同研究課題と、科研費・学術変革領域研究(A)「イスラーム信頼学」の計画研究「デジタルヒューマニティ手法によるコネクティビティ分析」の研究の一環として、デジタル分析に取り組む

今後の野望

——今後やってみたい研究などはありますか。もちろん私生活の夢などもお聞きしたいです。

もう一度、現地に長期間滞在してフィールドワークをしたいですね。以前、2年間留学をした際には博士課程の学生としてでしたが、その時とは異なるライフステージにいる今の自分には、もしかしたら、その時とは異なるものが見えるかもしれません。実は、以前エジプトに留学した際には、現地で小型犬を飼っていました。ワクチン接種のために、獣医の元に連れて行くと、研究で出会うのとは異なる人々に出会ったり、普段必要としない語彙が必要となったりと、犬のおかげで訓練されました。しっぽが「の」の字だったので、「のんちゃん」と名づけて可愛がりました。帰国してからは、実家の家族にも可愛がってもらいました。今年の夏に亡くなってしまったのですが、2006年に出会ってから約15年、長生きしてくれました。現地社会で、いろいろな人とのつながりをつくってくれたのんちゃんには本当に感謝しています。今度は、子どもと一緒に現地に行くようなことがあれば、ママ友ができたり、現地の学校のことを調べたりすると、また新たな発見があるかもしれない。まず子どもが食べられるものを探すだけでも一苦労ですよね…。

のんちゃん

それから、密かな野望としては、NHKの「ブラタモリ」で、タモリさんをエジプトの灌漑遺構に連れて行ってみたいですね。「タモリさん、ピラミッドの上じゃなくて、下を見てください。何が見えますか」って(笑)。道だと思っていたら灌漑遺構だったという謎を、タモリさんは解いてくれるかな?

未来に向けてのメッセージ

——最後になりますが、本学の在学生やエジプト研究を志す若い方へのメッセージなどあればお願いします。

「欲深くあれ」。貪欲でいてほしいということです。家庭の事情や自分の置かれている環境によって、本当はこれやりたいけどやめとこうかなって諦めてしまいそうになることもあると思うのですが、諦めずに、やりたいこと、好きなことに向かっていってほしいです。私も、子どもがいて自由に動けなかったりするので、気を抜くと諦めてしまいそうになるのですね。けれども、それだと諦めないといけないことがあまりにも多すぎる!自分の環境に妥協しないで、やりたいことは大切にしてほしい。わがままであっていいと思います!

——本日は貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました。

インタビュー後記
熊倉先生は朗らかな方で、最初から最後まで笑顔の絶えないインタビューとなりました。私自身中東専攻であるため、エジプトでのフィールドワークの思い出やご研究のお話など、大変興味深く伺わせていただきました。
様々なことに挑戦されていらっしゃる熊倉先生の生き方や、「欲深くあれ」というお言葉は、諦めなくてはいけないことが多いように感じるこの時代に、大変励みになるものでした。私もできることをできる限り頑張っていきたいと思います。
熊倉先生をはじめ、広報担当の皆様、この度は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
取材担当:井口利奈(国際社会学部 中東地域/アラビア語3年)

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