Humans of TUFS「見ることそのものを捉え直す」博士前期課程・中川美枝子さん

「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」という活動をご存知でしょうか。首都圏の美術館や学校を中心に、目の見えない人と見える人が言葉を介して、一緒に美術作品を鑑賞するワークショップです。この活動に、本学前期課程でドイツ語文学を学び、ノーベル文学賞作家エリアス・カネッティについて優れた修士論文を提出した全盲の大学院生・中川美枝子さんが携わっています。中川さんは、本学と多摩アカデミック・コンソーシアム(TAC)で提携する津田塾大学で学士課程を修めており、今年3月に本学を卒業した後、再び津田塾で勉学を続けられる予定です。
ワークショップ活動が私たちに問いかけることは何か。この活動を通して、東京外国語大学と津田塾大学が連携していく可能性はあるのか。中川さんの主任指導教員であり、本学言語文化学部長を務める山口裕之先生も交えて、お話を伺いました。

中川美枝子さん(以下「中川さん」)
山口裕之言語文化学部長(以下「山口先生」)
Humans of TUFSライター(以下「HT」)

「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」について

中川美枝子さん

HT:中川さんが学外で運営に携わる「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」とは何ですか?

中川さん:「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」は視覚障害を持つ人と持たない人が、言葉を交わしながら一緒に美術を鑑賞するワークショップです。美術作品を通して感じたことや考えたことを、参加者が自由に語り合うような鑑賞のスタイルを目指して活動しています。

HT:いつから活動運営に携わっていますか?

中川さん:私が初めてこの団体に関わったのは2016年の秋。団体が開催するワークショップにお客さんとして参加しました。その後、スタッフとして2017年の7月に本格的に活動に携わるようになりました。

HT:ワークショップでは具体的にどのように作品を鑑賞するのですか?

中川さん:このワークショップでは、必ず複数人で作品を鑑賞します。1グループにお客さん7~8人、スタッフ(ナビゲーター)2人がよくある形です。ナビゲーターは、目が見える、いわゆる健常者1人、視覚障害のあるスタッフ1人がペアになり、お客さんを作品へと案内します。9〜10人で一つの作品を取り囲んで、その作品をどう見ているかを言語化していくのがワークショップの特徴です。
ワークショップでは「作品について『見えること』と『見えないこと』を言葉にして下さい」とお願いしています。描かれているもの・写っているものの色や形、大きさなど、誰もがパッと見てわかる情報は「見えること」。一方の「見えないこと」は、その作品から受けた印象や連想したもの、作品を見て思い出したことや感じたことなど、言わないと共有できないこと。この2つをお客さん・ナビゲーターそれぞれが言葉にして語り合います。

ナビゲーターとしてワークショップに参加する中川さん(右側)

HT:「見えないこと」を言葉で共有する意義は何でしょうか?

中川さん:見える人も、ただそこに描いてあるものだけを見ているわけではないと思うんです。そこから何かを感じ取ったり、いろいろ思い出したり…それらを言葉にすることで、より深みのある作品鑑賞ができるんじゃないでしょうか。
あとは、見えていたとしても、普段ならわざわざ言葉にしたり、注目したりしない部分があると思うんですよね。例えば、2019年6月東京都写真美術館でのワークショップのなかで「奈良原一高 〈人間の土地 緑なき島―軍艦島〉」の写真を鑑賞した時のこと。長崎・軍艦島の子供たちが水を抜いた学校のプールで遊んでいる様子が写されていました。カメラマンがその写真で一番写したかったのは遊んでいる子供たちの姿だと思うんですけど、そのプールの外側に長屋が建っていたんです。軍艦島の、鉄筋コンクリートが建ち並ぶ現代的なイメージと裏腹に、日本のやたら昔ながらの生活の様子が写っていることが気になったお客さんがいて。そういうことって「この写真を言葉にしてください」って言われたら、絶対に言わない部分だと思うんです。でも、そういうところをあえて言葉にして、メインから外れたところまで語ってもらうことで、面白いことが起きるっていうのはありますね。

HT:このワークショップを通して、目の見えない人だけでなく、見える人もより深く作品を読み取ろうとすることに繋がるように感じます。作品を見た時の感想や印象を「言語化する」という作業は普段あまりしないので…

中川さん:ワークショップでは一作品あたり20〜30分かけて鑑賞します。お客さんにはよく「一つの作品にこんなに時間をかけたのは初めて」と言われますね。目の使い方や意識の仕方が普段と異なるので、新鮮な体験になるのかなと思います。
あと、作品の感想を言う時、特に見える人同士だと「かっこいいことを言わなきゃ」と思ってしまう傾向があるように感じます。「これはアール・ヌーヴォーっぽいよね」みたいな…。とんちんかんなことを言ったら恥ずかしいような気持ちが先行して、なかなか作品について話す機会がないと思うんです。でも、視覚障がい者の私たちと一緒に鑑賞すると、かっこいいことを言う・言わないの前に、何が描かれているかを話さないといけない。普段なら「ここに赤い花がある」みたいなところから語り始めることはないですよね。そういう意味で、ワークショップが新鮮な体験だったと言って下さるお客さんが多いです。
その一方で、見える人が見えない人に対して表面的な視覚情報だけを一方的に説明するような場になってしまっても、その作品から感じられる切迫感や違和感のような部分が浮き上がってこないので、少なくとも私にとっては面白くありません。言葉にしづらかったり、言語化できない面白さや力を作品から感じることってありますよね。そうした「言葉にならないもの」を言語化するためにいろいろな種類の言葉を用いてみたり、「そもそも、この作品の面白さはどこからくるのか?」を考えたりしながら、見える人も見えない人も全員で迷子になる時間が私はとても楽しいです。

ワークショップの様子

ワークショップ活動と大学との連携

HT:今後、大学と活動を連携させていく希望はありますか?

中川さん:ワークショップでやっていることって、「見るってどういうことだろう」「写真・絵画・作品って何だろう」「私たちって作品をどういう風に見てるんだろう」っていう、私たち視覚障がい者だけじゃなく、見ること・メディア・言葉そのものにつながるものだと思うんです。今までこのワークショップに興味を持って下さったのは美術教育や視覚障がい者教育、インクルーシブ教育に関わっている方が多かったんですが、カルチュラル・スタディーズやフィルム・スタディーズなど、もっと大きな枠組みで私たちの活動に興味を持ってもらえたらいいなと思いますね。異なる観点から、この活動でやっていることを分析してくれるような、アカデミックな人たちが来てくれたら嬉しいですね。

東京外国語大学×津田塾大学の可能性

山口先生:いまの東京外大の中で、このワークショップの活動と直接関係ある部分はないように思いますが、津田塾大学ではワークショップとつながっていくような活動はありましたか?

中川さん:津田塾では視覚障害のある学生への支援の一つとして「映像ディスクリプション」がありました。最近、語学や文化研究系の授業で映像を教材として取り扱うことが多いですよね。英語のリスニングの授業内で英語の映画やドキュメンタリーを見た聞き取りとか。そのなかで、私は映像が見られないので、「リスニングの授業だから映像は見られなくても問題ない」と思っていたんですが、友人がたまたま「英語がうまく聞き取れなくても、映像から案外わかったりするんだよね。だから、目の見えない中川さんもちゃんと映像の内容を知る必要があるんじゃないか」って言ってくれたんです。それがきっかけとなり、「映像ディスクリプション」が生まれました。映像作品のデータを事前に先生からもらい、ボランティアの学生に映像を描写してもらいながら映像を見るという支援体制です。

ワークショップのパンフレット

当初は、自分とボランティアの学生1人の一対一でやっていたのですが、2人だけで映像を長時間見続けるのは結構大変で。説明する方はノート何ページ分もの原稿を用意してきて、「この言い回しだと尺の間で説明しきれないから、どういう風に説明したらいいだろう」とか考えながら説明する。私の方も、映像作品について一人の視点からなされる説明を何十分も聞き続けるのは、どうも窮屈な感じがして。そんなことを考えていた時期に、ちょうど冒頭の美術鑑賞ワークショップの活動を始めたんです。そこでの経験から、学生ボランティア1人だけじゃなく、3人くらいの学生と一緒に映像作品を見たいと提案しました。そうすることで、学生一人当たりの負担が減るとか、私にとって情報量が増えるといったメリットもたしかにありますが、一番面白かったのは、学生ボランティアから単なる映像の描写だけではなくて、いろいろな種類の言葉が聞こえてくるようになったことでした。作品に対する感想やツッコミ、ストーリーには関係ないけどどうしても気になる要素、もちろん学生同士で異なる見解が出たりもして、作品を分析するうえで参考になることもありました。学生のちょっとした言い間違いが作品の印象をがらっと変えてしまって、みんなで大笑いしたこともあります。「支援」という枠組みからは少しそれているかもしれませんが、こちらの方が、大多数の学生が映像作品を鑑賞するのに近い経験ではないかと思います。
ほかにも、ワークショップ活動にインスパイアされた企画を学園祭や研究会などのイベントで何度か開催してきました。

山口先生:中川さんからして、東京外大と津田塾がそのようなワークショップ活動を通じて連携を図る可能性はありますか?

中川さん:例えば、映像作品を使った共同企画を実施したら面白いと思います。最近のワークショップでは、美術作品だけでなく、映画を対象にした試みも行っています。一方、津田塾では「映像ディスクリプション」の提供だけでなく、視覚障がい者向けの音声ガイドのついた映画の上映会にも取り組んでいます。東京外大にはフィルム・スタディーズを専門にしている方がいますので、ワークショップや津田塾の試みにフィルム・スタディーズの視点も取り入れた鑑賞会を合同で実施できたらいいと思います。
あと、私がワークショップで携わった企画の中に、新渡戸文化小中学校のサイエンス・コミュニケーション科の授業での共同プロジェクトがあります。これは、5年生の子供たちが私たちと一緒に日本科学未来館へ行って、いくつかの展示物を題材にいつものワークショップを行い、そこでの経験をラジオ番組にまとめ、発表しあうという連続授業でした。こうしたコミュニケーションという切り口を取り入れながら、視覚的なものを見直すプログラムであれば、障害のある学生への支援という枠組みを超えた研究と交流ができるのではないでしょうか。東京外大には、そういった分析をするためのリテラシーを持っている方が多くいらっしゃると思うので、実現できたら面白いものになりそうですね。

指導教員の山口先生とは点字ディスプレイ(点字情報端末)を用いて論文についてやりとりします


下記リンクから「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」のFacebookページにアクセスできますので、こちらも是非ご覧ください。
https://www.facebook.com/kanshows/

また、活動を紹介した短編漫画がウェブ上でアクセスできますので、ぜひご覧ください。
東京都写真美術館ニュース別冊「ニァイズ」104号(スマホPDF版)
https://topmuseum.jp/contents/extra/nya-eyes_pdf/2019_08.pdf

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