静かな町で自然と共に~ロシア・モスクワの郊外にて~ :レオノバ・バレンティナさんインタビュー

皆さんはモスクワというとどんな風景をイメージしますか。「私のふるさと~外大生にインタビュー」第1弾ではモスクワ出身のレオノバ・バレンティナさん(言語文化学部英語2年、以下「ティナさん」)のふるさとをご紹介します。ティナさんが育ったのは、モスクワ郊外のベッドタウン。モスクワと聞くと大都市をイメージしがちですが、ここではティナさんが、普段私たちが耳にしないモスクワの一面を教えてくれました。ふるさとでの穏やかな日常、そして日本での留学生活についてお話を聞きました。

インタビュー・取材担当
  • 言語文化学部フランス語2年・菊谷真理(きくたにまり)さん
  • 国際社会学部西南ヨーロッパ地域/イタリア語3年・塩田明子(しおたあきこ)さん
  • 国際社会学部中央ヨーロッパ地域/チェコ語2年・金澤鼓(かなざわつづみ)さん
    (以上、広報マネジメント・オフィス学生取材班)

自然に親しんだ子供時代

——こちらは何のお写真ですか。

これは私がかつて住んでいたモスクワのベッドタウンです。近くには公園があり、川の向こうには森があります。静かでとても牧歌的な場所ですね。

——生まれてからずっとこの場所に住んでいたのですか。

はい、そうです。ロシアでは、学校は小中高一貫なので、引っ越しの文化があまりありません。友達とほぼ毎日近くの公園に行って、ローラースケートやスケートボードで遊んでいました。それから私の母は心配性なので、高校生まであまり遠いところに行かせてもらえませんでした。中高生になっても、家の近くにある子どもの遊び場に行って、ベンチでよくおしゃべりを楽しんでいました。バスに乗ったら近くの映画館やショッピングセンターにも行けたので、モスクワの中心地に行く必要性はほとんどなかったですね。

 

ダーチャとは一体?

——こちらのお写真も都市近郊の雰囲気がありますが、どちらのお写真ですか。

これは今年8月に帰省した際に撮った写真なのですが、モスクワの郊外です。ロシアには普段生活する家やアパートとは別に、夏の休暇を過ごすためのセカンドハウスを所有する文化があって、そのようなセカンドハウスのことをロシア語で「ダーチャ」といいます。そして、これが私の家族のダーチャがある場所になります。日本のウィキペディアでも「ダーチャ」が掲載されていてびっくりしたことがあります(笑)。

——普段の家とは別に夏を過ごすための家があるというのはなんだかとても素敵ですね。この場所にはどんな思い出がありますか。

2,3歳の頃から毎年夏休みになると、お母さんに連れられてここに来ていました。ここにはインターネットがないし子供も少ないし、まだ幼かった頃はあまり楽しいと思える場所ではありませんでした。ですが、中学生になるとここの美しさが少しずつわかってきました。空気が新鮮で、近所の人が動物を飼っていたり近くに畑があったりして、今では本当に良いところだなと思いますね。

——ふるさとの町はロシアの他の地域とどのように違いますか。

モスクワは大半が欧州風の街並みなのですが、私が住んでいたのはベッドタウンだったのでモスクワ以外のロシアの一般的な町と一緒でした。違うところといったら気候ですかね。モスクワの冬は最低気温がマイナス10度くらいですが、さらに北の町と比べたらそこまで寒くありません。モスクワにはセントラル・ヒーティングという設備があって、家やアパートの各部屋にラジエータ―という機械があります。これが自動的に部屋を暖めてくれて、冬は暑くなりすぎて窓を開けることもしばしばです。

 

さらなる高みを目指して

——次に日本への留学をされていることに関してお聞きします。まずどうして日本に留学することを決めたのですか。

最初日本の文化、特にアニメに魅了されて、日本語を趣味として勉強していました。大学を選ぶときになって、ぜひ大学でもっと日本語を勉強したいと考えていたので、モスクワの大学で1年ほど日本語を専攻しました。しかしそこでの学びは正直満足いくものではありませんでした。というのも、そこでは英語以外の言語は初級から始まるので、中級レベルの私にとっては少し退屈でした。そして、もちろん他の科目も勉強しなければならなかったので、言語の学習にコミットしつつ、他の科目との両立を図ることが難しく思いました。日本にいると、日本語で講義を聞くことに加えて日本語で日常生活を送ることができるので、自然に言語を習得できるのではないかと考えていました。

——日本語の勉強に対する高いモチベーションが感じられますね。留学に際してふるさとを長く離れることになったとき、どんなお気持ちでしたか。

とても怖かったです。それまでずっと実家暮らしだったので、一人暮らし自体が初めてでしたし、さらにモスクワからすごく離れている国に行くことになったので、とても不安でした。いきなり自分の身の回りのことに全て自分で責任を負わなくてはならなくなりました。ですがこの経験のおかげで自己成長が早かった気がします。

 

日本で暮らしてみて

——日本で生活していて、モスクワでの生活とどのような違いがありますか。

時々わからない文化に直面して大変な時があります。特に病気にかかったときに医者を探すのが難しいです。日本ではまずは、症状によって内科や外科など個別の医院で診察してもらうのが一般的ですが、ロシアではそのような個別の医院は存在していないですね。病院に行けば、そこにはいろいろな科が存在しているので、ある科に行って別の検査が必要になってもすぐに別の科に移り診察を受けることができます。日本ではいきなり総合病院で診察してもらうことは難しいため、ある医院に行った後で別の医院に行く必要があるときもあって、これが日本で生活して一番困ったことですね。

——逆に、日本で生活していてよかったと思えるところはありますか。

本当に住みやすいです。日本には深夜でも行けるコンビニが近くにあるのがとても便利です。そして府中市は静かなところなので、私のふるさとと似ているように思います。空気がきれいで公園や整備された歩道があることがすごく気に入っていて、府中市は自分にぴったりだなと思います。

——日本にいてふるさとを懐かしく思うときはありますか。

もちろんあります。一番懐かしく思うときは料理を作る時ですね。どうしてもロシア風の料理を食べたくなってしまいます。でもビーツ(地中海沿岸地方原産のアカザ科のサトウダイコンの一種)は日本だと手に入りにくいのでボルシチはあまり作ることができません。代わりに、ロシア風の魚のスープ、ロシア風のパンケーキやパスタを作っています。やっぱりロシアで毎日食べていた料理を食べたくなりますね。

——ロシアにいたときティナさんご自身の家庭の料理といえばこれというものはありましたか。

すごくステレオタイプになってしまうのですが、ボルシチですね。私の家族は母より祖母の方がたくさん料理をしていて、祖母はボルシチを作るのが得意です。家族の人数がわりと多いので、3リットルの鍋でボルシチを作ってそれを家族みんなで3日間食べ続けていましたね(笑)。

——最後にティナさんにとってふるさととは。

責任を感じず、ただただ楽しく過ごしていたところです。そして家族に会いに行くたびに、やっぱりここがふるさとだなと感じます。学校の友達も実家の近くに住んでいるので、ふるさとに戻ったときには、本当に懐かしさを感じます。私にとってふるさとは、ずっと時間を共にした人たちと一緒に過ごせる場所ですね。

——ティナさん、今日は心のこもったお話をありがとうございました!

編集後記
今回ティナさんにはふるさとでの日常を写した2枚の写真を持ってきて頂いたのですが、それらの写真からだけでも様々なエピソードや思い出が次々と挙がってきました。そこに長く住んでいたから、そこがふるさとだからこそ、その場所に対する思いがあってそれを伝えることができる、これはとても素敵なことだと感じました。ティナさんはとても気さくな方で、2枚目の写真にあるように今夏ダーチャを訪れた際に凧あげをやったそうですが、写真を撮った直後に落下してしまった話などほほえましいエピソードをいろいろと語ってくれました。
取材担当:金澤鼓(国際社会学部中央ヨーロッパ地域/チェコ語2年)

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