函館と私~私を育ててくれたふるさと~:半田愛さんインタビュー

「私のふるさと~外大生にインタビュー~」における、記念すべき日本のふるさとについての記事第1弾(通算第4弾)です。今回は、北海道函館市出身の半田愛さん(国際社会学部ラテンアメリカ地域/スペイン語専攻2年)にお話を伺いました。北海道といえば、日本における観光名所の1つで、海の幸や乳製品など美味しい食べ物がたくさんあるといった印象を受けますが、半田さんのお話からは、旅行雑誌やインターネットからは読み取れない、さらに深い函館市の魅力を窺い知ることができました。

取材担当:国際社会学部西南ヨーロッパ地域/イタリア語3年 塩田明子(しおたあきこ)さん
記事担当:言語文化学部中央ヨーロッパ地域/ポーランド語2年 山口紗和(やまぐちさわ)さん
(いずれも、広報マネジメント・オフィス学生取材班)

半田さんと函館

——半田さんは、いつからいつまで函館で過ごされていましたか。

生まれてからずっと、大学1年生の秋に東京へ引っ越すまで函館に住んでいました。

——長年過ごしてきたふるさとを離れる際には、どのような思いがありましたか。

正直、早く東京に行きたいという思いがあったのでそこまで寂しいとは思いませんでしたが、引っ越してきた当日に、引っ越し先のマンションにゴキブリが出て、普段函館では見たことがなかったので、衝撃を受けて腰が抜けてしまいました。叔父にこの話をした時には、「早速東京の洗礼を受けたね」と言われました(笑)。

——函館の好きなところを教えてください。

観光地だけでなく過疎化が進む地域もあり、さまざまな顔が見られるところが好きです。例えば、函館駅前の商店街はシャッター街になってしまっているのですが、その反面マンションやデパート、コンサートホールが立っている都市的な地区もあり、昔栄えていた名残と現在繫栄している場所、全てが合わさっている点に魅力を感じます。

3つの顔を持つ函館の魅力

——こちらはどこで撮った写真ですか。

これは函館山から見た街並みの風景です。私が高校生の時、ゴールデンウィークに家族で訪れた際に撮影しました。本来は夜景で有名な場所ですが、地元の人はあまり行かない印象があります。私自身も、この写真を撮った時しか、日中に函館山からの景色を見た記憶がありません…。

——この写真に写っているのは半田さんですか。

はい、そうです。先ほどお見せした函館山からの景色もそうですが、こういった観光地的な面、過疎化している面、都市的な面の3つの顔を持っているところが、やはり函館の魅力だと思います。ここは西部地区という、ペリー来航時に栄えた場所で、西洋風の建物が並んでいて素敵な写真がたくさん撮れる、地元の人たちもよく行く観光スポットです。

函館の思い出の味

 

——わあ、美味しそう!これは何ですか。

これは、地元で人気のお店「ラッキーピエロ」で食べられる、看板商品の「チャイニーズチキンバーガー」です。ハンバーガーだけでなく、オムライスやカレー、かつ丼、ラーメンといったB級グルメを食べることができます。安くてボリュームがあって美味しいという三拍子が揃った素敵なお店です。友達と遊ぶ時や、家族と夜ご飯を食べる時によく訪れていました。このお店が大好きだったので、私自身はマクドナルドを知らずに育ちました(笑)。

函館が恋しくなった時

——函館を離れて生活していて、恋しくなることはありましたか。

そうですね、私は大学1年生の秋にこちらに引っ越してきて、今年初めて東京で夏を過ごしたのですが、とにかく湿度と暑さが嫌で…函館にいる時も、夏より冬の方が好きだったので余計にそう思ったのかもしれません。コロナウイルスがかなり蔓延していた6月下旬、あまり遊びに行けず家にこもる日々が続く中、大学の課題も多くあり、精神的につらくなってしまって祖母に泣きながら電話しました。すると祖母に、真面目な声で「明日帰ってきなさい」と言われ、急遽その週末に帰省しました。母は私の大好きな冷やし中華やティラミスを準備して、温かく迎えてくれました。久しぶりの函館で過ごす夜はフリースを着て寝るくらい寒く、暑さから逃れることができました。次の朝には父がドライブに連れて行ってくれたので、綺麗な街並みを見せてもらい、函館山の麓で自然を感じて元気を回復することができました。祖母とは感染対策のため、窓越しに少し話したくらいでしたが、励ましてくれたことを本当に感謝しています。周りの人に恵まれていると思いました。

解体されていく母校、過疎化の進む函館

——ちなみに先ほど、過疎化について少しお話がありましたが、どういった時にその影響を感じますか。

現在函館では、少子高齢化の影響で学校の統廃合が進んでいて、私が卒業した2年後に中学校が、その1年後に小学校が閉校になりました。小学校の校舎はそのまま残っていたのですが、今年取り壊し工事が始まってしまいました。6年間の楽しい思い出がたくさん詰まった場所なので、今回解体されることを知り、工事の様子を目の当たりにしてとてもショックでした。私の父は別の小学校の校長を務めているのですが、その学校も今年で閉校になってしまうそうです。在籍していた子どもたちは、廃校によって遠い地域にバス通学しなければならなくなるので、小学校がなくなることで田舎の町から子育てする世代がいなくなり、町が廃れてしまう現状を悲しく思います。

 

これまでの私、これからの私

——将来は函館に戻って生活したいですか。

近い将来ではありませんが、高齢になってもずっと東京に住めるかと言われたら恐らく住めないと思うので、リモートワークをしながら地元に帰れるような環境に身を置けたらよいなと思います。東京では、どこか移動するにも人の多い交通機関を使わなければならず、路線も多く乗り換えが大変で、住みづらさを感じています。

——半田さんにとって、ふるさとはどのような場所ですか。

子ども時代の全てを過ごした場所なので、アイデンティティの一部というか、誰かに出身を聞かれた際、「北海道の函館です」と答える度に私のふるさとを実感します。私自身を形創っている全ては、ふるさと函館での思い出や生活であると思っています。

インタビュー後記
半田さんとは、所属しているサークルが同じで、個人的に親しくさせていただいているのですが、今回のインタビューを経て、彼女の優しくておおらかな人柄のルーツが、ふるさと函館とご家族の温かさにあることを実感しました。また、半田さんのお話から、単なる観光地としてだけではなく、過疎化の進む面をも持ち合わせている函館の現状について、新たな知見を得ることができました。私自身はまだ函館に行ったことがないので、機会があればぜひ訪れてみたいです。
取材担当:山口紗和(言語文化学部ポーランド語専攻2年)

前のページに戻る

to top - トップに戻る