とても嬉しいことに、大学院時代の仲間がまたひとり博士論文を出版しました。「異なる」とされる人びとの間で憎悪ばかりが蓄積していく今日この頃、本書を通じて北アイルランドの経験から学べることはきっと多いはずです。
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内容紹介
北アイルランドでは、1969年に大規模な衝突が発生して以降武力を用いた抗争が続いたが、多くの困難を乗り越えて98年のベルファスト合意で〈和平〉が 成立した。しかし、宗教観や国家観、政治的な志向などが折り重なって住民同士が対立した事実は、人々の記憶に根深く残っている。
「話してもわかりあえない」人同士が同じ場所で暮らすとき、感情をどう調整し、コミュニティをどうやって作り上げるのか。北アイルランドの首都ベルファス トの住居や商店の壁に住民が描く絵・イラスト=壁画に着目して、ときに過激に、ときに真摯に、ときにユーモラスに表現している壁画の内容を、参与観察も交 えて丁寧に分析する。
そして、対立関係にあった2つの住民集団が抱える集合的意識や記憶が壁画を介してどう表現されるのかを明らかにして、壁画がコミュニティの記憶とつながりを支えるメディアとして機能していることを析出するフィールドワークの労作。
著者プロフィール
福井 令恵
愛知県生まれ。九州大学研究戦略企画室学術研究員。専攻は社会学、北アイルランド地域研究、文化研究。論文に「コミュニティ・メディア としての壁画――北アイルランド西ベルファストの「想像の共同体」」(「エール」第27号)、「分断社会の二つの歴史と共苦――北アイルランドのリパブリ カン・コミュニティとロイヤリスト・コミュニティを事例として」(「年報カルチュラル・スタディーズ」 vol.2)など。
目次
はじめに
第1章 北アイルランド紛争後社会と壁画――本書の目的と意義
1 他者との〈共生〉と北アイルランド紛争後社会
2 なぜ壁画なのか
3 集合的記憶への接近
4 外部者である調査者(私)の調査地への接近
第2章 北アイルランドという場――フィールドの政治・社会背景
1 北アイルランドに関する前提――用語の問題について
2 北アイルランド紛争・和平へのプロセス
3 ベルファストの空間的概況
第3章 北アイルランドの壁画の歴史と壁画研究――先行研究から明らかにされたこと
1 壁画の歴史
2 壁画研究の歴史
3 本書の方法
第4章 壁画の表象における顕在と不在――何を記憶し、訴えるのか
1 ベルファストの壁画数と題材
2 カテゴリーとその特徴
第5章 壁画のイメージの流通――イメージは、コミュニティでどのように受け継がれ、共有されていくのか
1 壁画の題材はどう表現されるのか
2 イメージの流通と共有
3 イメージの素材(引用元)/ 題材と場所
第6章 観光と社会統合とローカル・コミュニティ
1 北アイルランド・ベルファスト市の観光(限られた空間での、痕跡の強調という方針)
2 都市空間のイメージ――都市の無徴化を目指す政策
3 ローカル・コミュニティの実践――壁画には、どのような変化があったのか/なかったのか
第7章 二つのコミュニティ――和解プロジェクトに見る可能性と限界
1 和解の壁画――『ゲルニカ』プロジェクト
2 「文化」と政治――対立の記憶の表象と題材の困難
第8章 壁画と紛争経験の表象
1 絵という形態が作り出す共同性
2 文化による対話と対立
3 「別の対話モデル」――言い合う、ということがもたらすもの