ドゥテルテの暴力を支える「善き市民」 ―フィリピン西レイテにおける災害・新自由主義・麻薬戦争

『アジア研究』の「特集:アジアで民主主義は後退しているか?」で、「ドゥテルテの暴力を支える「善き市民」 ―フィリピン西レイテにおける災害・新自由主義・麻薬戦争」という論文を書かせてもらいました。

大学生の時に参加したワークキャンプで惚れ込んで以来、毎年のように通ってきたレイテ島の農村で生じた数奇な出来事について書いています。

2013年11月には、台風ヨランダの強風で山間部ではココナツが片っ端からなぎ倒され、人々の生活基盤が破壊されました。新しくココナツの苗を植えても実がなるまで7,8年かかるので、人々はそれだけの期間、収入を失ってしまったのです。高潮で8,000人以上が亡くなった沿岸部の被害が広く報道されましたが、山間部の困窮も甚大で、多くの若者が学校をやめて働きに出ていきました。

翌月には清水展先生と現地に入って被害状況を調査、そのまま新年を迎えました。翌年2月にはFIWCの学生たちとキャッシュ・フォー・ワークの方式で生活インフラを再建するワークキャンプを行ったことを思い出します。

台風から3年後、2016年6月には、麻薬王の父がアルブエラ町の町長に当選する一方、私の旧友にも殺されたり、死の脅迫をされる人たちが出ました。11月には、逮捕された町長が、獄中で警察に殺害されました。この事件は国内外で大きく報じられ、まさかこんな田舎町が世界の着目を浴びる日が来るだなんて信じられませんでした。

旧友たちが協力してくれたおかげで、かなり深い情報を集めることができましたが、なかなか気の滅入る、また時に危険な調査でもありました。 ただ、調査を進めるうちに、きわめて極端な事例であると同時に、現在進行するフィリピン政治と社会の変化を集約的に表す重要な事例だと考えるようになりました。

この論文が形になるまで、レイテに通い続けて20年、目的も分からぬまま台風被害の調査を始めてから7年も経ってしまいました。こんなに無駄に時間をかけた研究は、これからはもうできないかもしれないと思います。ご笑覧いただければ幸いです。

レイテの田舎町から、民主主義、新自由主義、暴力、ココナツ農業、災害、マイクロファイナンス、NGOなど、多様なテーマの関係について論じています。無料アクセスできますので、ご笑覧いただければ幸いです。

紙幅の関係でかなり情報を削ってしまったので、関心のある方は、より民族誌的な記述を充実させた英語版もご参照ください。
Ethnographies of Development and Globalization in the Philippines: Emergent Socialities and the Governing of Precarity, edited by Koki Seki, Routledge, 2020 に収められています。