新しい太陽が古い大地に昇る 全二巻 スオン・ソルン作 

(1961年 ヴィリヤ出版,プノンペン,定価各巻28リエル)

当館請求記号:E51/9E51-8/S958/1,2

中央に描かれているのは、カンボジアの首都プノンペンの代表的建築物である中央市場プサー・トゥマイ。下方には、庶民の足であるシクロ(人力三輪車)。上方から光を投げかけている「新しい太陽」は、当時の国家指導者シハヌークの象徴である。

この作品は、クメール作家協会主催の第一回インドラ・デヴィ文学賞(1960年)受賞作品であり、カンボジア文学史上初の三万部という記録を残した。宮廷を舞台とした韻文文学に代わり、一般庶民を主人公とした散文小説が現れてからわずか20年ということもあり、当時はまだ冒険、恋愛、歴史などを題材とした小説が多かった。その中で、資本家の不正や搾取に対する都市労働者の闘争を描いたこの作品は、プロレタリア文学の先駆けともいえる。

フランス植民地時代のカンボジア西部バッタンバン州の貧農の家に生まれた主人公の青年ソームは、抵抗分子クメール・イサラクに荷担したと疑われ、プノンペンへと逃れる。社会の最下層でシクロこぎ、工場労働者として資本家の搾取と闘った後、独立と繁栄を勝ちとった「新しい太陽」シハヌークの治める社会で、近代的な農民として出直す。物語の結末を新政府礼賛にしたことが、上流階級や政治家を批判しているにもかかわらず、この作品が文学賞を受賞した理由であろう。

本館所蔵のこの作品は、初版(1961年)二巻本で、本学外国語学部特設日本語学科に1971年から1975年まで在籍されたカンボジア人留学生リム・リムチ氏から1975年に寄贈されたものである。今世紀後半に幾度も繰り返された戦争と混乱、特に1975年から1979年のポル・ポト政権下での焚書坑儒によって、1975年以前の出版物は散逸した。

近年、一巻本の復刻版がプノンペンの書店に現れたが、初版を真似た装丁の質は、初版に遠く及ばない。リム・リムチ氏寄贈のカンボジア語蔵書は14冊であるが、いずれも現代カンボジア研究にとって貴重な初版本である。

(カンボジア語専攻:岡田知子、上田広美)

1999年8月作成

*この資料は、2002年10月まで「今月の1冊」として紹介されていたものです*